株式会社サダマツ ~『festaria bijou SOPHIA』等のジュエリーショップを展開~

歴史

株式会社サダマツ 代表取締役社長執行役員 貞松 隆弥 (2013年5月取材)

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歴史(時計の修理店から眼鏡店へ)

【貞松】

サダマツという会社はもともと大正9年に、私の祖父が時計の修理屋として作った会社です。当時は貞松時計店という名前でした。昭和30年代40年代に時計がクォーツ化され、電池式時計になり、時計の修理では食べられなくなりました。時計というのはそれまでは高額品だったんですが、安くなってしまったので修理する人がいなくなってしまった。

うちの父は技術を活かそうと眼鏡屋を始めます。私自信は実家を継ぐ気は全然なかったので、全く別の仕事をしていました。父が倒れ、昭和61年に実家に戻る事になりました。その時点では100%眼鏡屋さんでした。

【貞松】

今現在海外も含めて、88店舗ショップがあるのですが、長崎に2店舗だけいまだに眼鏡屋さんがあります。ここを継ぐために戻ったわけです。眼鏡屋をやるつもりだったのですが、やってみて思ったのは、眼鏡の小売マーケットというのは、日本国内で当時5千億円くらい。

【貞松】

昭和61年の話なのですが、5千億円ぐらいなんですが、大手さん30社さんのシェアを足すと半分超えてしまうんです。しかも折からの眼鏡のスリープライス化、5千円や1万円などの形が始まる事が予想されていましたので、眼鏡のマーケットは相当縮小するだろうと考えました。

眼鏡ではこの先難しいと思い、IPO(新規株式公開)をしたいと思っていましたので、他のことを始めようといろいろ考えました。最初に考えたのは人材派遣。ところが長崎では人の仕入れができないのでダメでした。

その次に通販。Webが発展するのが分かっていましたので、通販を考えました。やっぱり(ターゲットは)女性だなと思っていたので、自然派化粧品のどうのこうのとやってみようと思ったのですが、開発費にお金がかかり過ぎて、もともと父親が倒れて実家に戻ってやっていましたので、債務超過だったんです。潰れそうだったので、このお金も出せない。

どうしようかとやっていた時に、眼鏡・宝石・時計というのは割り近くあるんです。問屋さんが一緒だったりするので、3業種やられているお店も地方へ行けばあるように、宝石ってどうなんだろうと考えまして。

【貞松】

宝石はバブルの最盛期には3兆円ぐらいマーケットがあったんです。それがたかだか2〜3年で1兆5千億円まで縮んだんです。

バブルが弾けて、結局どうなったかというとたくさんの会社が潰れたんです。大手から。私からすると、5千億円の眼鏡マーケットで、大手の寡占化が嫌で他を探しているのですが、その3倍ある1兆5千億円のマーケットで、大手から弱っていっている。このマーケットは不思議に見えました。3倍ですから、なおかつ、当時の眼鏡の最大手の会社さんが1千億円ぐらい、5千億円の眼鏡のマーケットのうち、1千億円のトップシェアを持っていたのに対して、宝石の場合は1兆5千億円のマーケットに対して、宝石の場合は1兆5千億円のマーケットに対して、トップの会社が4〜5百億円だったんです。

いかにパパママストアが多いかということです。宝石業界からみんなが逃げ出している頃でしたので、逆にチャンスがあるなと思い、逆張りで入ったんです。それが良かったんでしょうね。

88店舗ある中で2店舗眼鏡屋さんですが、それ以外の86店舗ができたのですから、それが宝石業界に入った最初の参入のきっかけです。

社長プロフィール

President's profile
氏名 貞松 隆弥
役職 代表取締役社長執行役員
生年月日 1961/12/22
出身校 成城大学
座右の銘 夢を持つのは能力だ! 散歩のついでに、気がついたら富士山に登っていた人はいません。まず「富士山に登ろう!」登りたい!」と思うこと。 「夢を持てない時代」で「夢を持つこと」はひとつの能力だと思います。
愛読書 フィリップ・コトラー「マーケティング3.0」、P.F.ドラッカー「経営の条件」

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