株式会社フォーシーズ ~宅配ピザ『ピザーラ』で業界トップ。50業態超、1,300店舗以上を展開~

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Vol.1 人生の転機

株式会社フォーシーズ 代表 淺野 秀則 

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―人生の転機―

【齋藤】

今日は皆様、PIZZA-LAでご承知の、フォーシーズの淺野会長兼CEOにご登場いただきます。宜しくお願い致します。淺野さんは、大変裕福なご家庭で生まれて、慶應大学に行かれてというふうに伺っていますが、高校生ぐらいのときに、何か人生の大きな転機みたいなものがあったんですか。

【淺野】

はい。齊藤顧問がおっしゃったように、東京の目白で牛乳キャップとか、紙コップとか、紙皿なんかを作ってる、紙器メーカー会社の3代目で生まれでしてね、高校二年生まで、「お前全然勉強しなくていいぞ」、「将来は社長になるから、黙って人を使うことだけ覚えなさい」とそう言われていて、本当に勉強しなかったんですけど、高校2年の16歳の時に、42歳という若さで父親が倒れまして、それから急に人生が変わったという形ですね。

そういうことがあったので、長男だったものですから、何とか母親を楽させないといけないなと突然思い始めまして。突然温室だったところからいきなり真冬の吹雪の中に出たような感じで、何とか淺野家の再興をしなければいけない。将来社長になってもう1回淺野家の長男として頑張らなきゃいけないというのが、僕のモチベーションになりました。

【齋藤】

そのときは、紙メーカーを自分がまたやるというんではなくて、もう新しいことをやろうっていう。

【淺野】

もう何らかの形で自分がもう創業して社長になろうと思っていたんですけど、何になるかは全然分からなかったんです。そうしたところ、母が目白から、山手からですね、両国の駅前で雀荘をやり始めたんです。僕は高校2年ですから、一番下の弟が小学校6年生。毎日学校が終わるとそこ(雀荘)に手伝いに行って、接客を通して、まずそこで商売のイロハのイの字を勉強したみたな感じです。

【齋藤】

大学生になられてからも、何か学生相手のビジネスを始められたという風にも伺いましたけれども、これはどんなビジネスだったんですか。

【淺野】

大学の頃、自力で海外、しかもハワイに行きたかったんですよね。自分が毎年ハワイに行くためにはどうしたらいいだろう。それには旅行代理店をつくればいいんだと思い至りまして、それで旅行代理店をつくったんです。

学生の商学部ですから、大学の2年の時だったですかね。それも、普通の代理店ではなくてですね、内部に附属校があるようなところ、例えば慶応とか早稲田とか、学習院とかフェリスとか、成城学園とか聖心とかに幹事校をつくりまして、そこに幹事を置いて、内部進学者をターゲットにしたツアーを企画して、毎年ハワイ大学に1ヶ月間行ったんです。10人集めたら1人タダという仕組みをつくって、5人集めたら半額で行きなさい、その代わり面倒を見てね、みたいな。

親御さんが(お金を)出しやすいように、短期留学というところにポイントを置いて、ハワイ大学の学長と交渉しましてね、そこで受け入れてもらって、本当に勉強をやりながらちゃんと卒業証書もいただけるというような仕組みをつくりました。その時に人を集めるためのパンフレットとかチラシを、自分たちで印刷して、デザインもして、各大学に行って配れるようにしました。だから、今のPIZZA-LAの原型みたいなものがそこにあるわけなんですね。

【齋藤】

各大学の代理人なんかとの関係も、今のフランチャイジーみたいに、淺野さんもプラスになるけど、その人達もそれぞれ利益を得るというような、Win-Winの関係みたいなものをつくったわけですね。

社長プロフィール

President's profile
氏名 淺野 秀則
役職 代表

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